「はんぷくするもの/日上英之」を読んだ感想|被災後の小さな町の、プレハブ商店で生きる男の物語

はんぷくするものを読んだ感想

第55回文藝賞を受賞した日上秀之の「はんぷくするもの」は、岩手県沿岸の地である赤町という集落を舞台に、津波により商店兼生家が流されてしまった主人公・毅の物語です。

毅は借り物のプレハブ店舗で、生活もままならほどの小さな利益と貯金で母と二人で暮らしています。友達と呼べるのはひとりのみ。あと関わりがあるとすれば、商店に客としてやってくる数少ない老人と、金を借りにくる男ぐらい。そんな毅と毅の周囲の矮小な世界を切り取ったかのような、リアルな世界が描かれています。

小さい世界を描いているようで、広く深い根を張っている。悲惨と諧謔が同時に響く、無二の小説。

町田康のコメントより

一人一人がとても生々しく、声まできこえてきそうなリアルさで物語の中で「生きている」

村田沙耶香のコメントより

文藝賞では複数の作家による選考が行われるのですが、やはり作家によって最終選考に残る作品に対する好みが分かれます。第55回受賞作「はんぷくするもの」では選考委員の町田康と村田沙耶香に推されて受賞に至ったようです。

「はんぷくもの」登場人物

「はんぷくもの」に登場する人物はとても少なくシンプルです。主要人物として5名で構成されており、三人称視点ながら毅を中心にした関係性ややりとりが描かれています。

物語の主人公。30代独身、友だちと呼べるのは武田のみ。母親が潰したがっている商店を頑なに守ろうとしている。

毅の母親。物語の起点は母が古木に3,000円を貸したことで始まる。血圧が上がりやすい。

武田

毅の唯一の友人。株で儲けているらしい。毅の商店の品を勝手に調達し、毅に差し入れしている。

古木

金を借りにきたり、ツケをしたりと、とにかく金にだらしのない男。

風峰

毅の店に定期的に来店し買い物をする齢90のおばあちゃん。

「はんぷくするもの」書評・感想

一言で表すなら「なんやかんや自分がかわいい」という人間の誰しもがもつ自己愛と小さなプライドを、小さな集落という世界で微細に表現した作品だなと感じました。

例えば毅の、店を閉めたがる母親の主張を無視するという選択は、風峰さんが店の存在を喜んでくれるからだとかそれっぽい理由をつけて、結局は仕事をしているという形式を守りたい自分自身へのかわいさ、甘えからきている。

武田の世間を糾弾する主張も、毅に「万引してきた」と言いながら商品の調達をし無償で渡すのも、自分を上に立てて少しでも高尚な存在になりたいう自尊心から成り立っている。

結局、論理やなんやと口実を作りつつも、他の存在を見下したり貶したりすることで、自尊心を守ろうとしていまうのが人間の性であり、それを愚かだと知りながらも繰り返してしまうことこそが「はんぷくするもの」が伝えようとするメッセージではないかなと個人的には感じました。

純文学なので物語性についてはとやかく言う謂れもないのですが、ストーリーとしては大きな急展開もなく淡々と描かれていきます。もちろん要所要所で起伏はありますが、ドラマ性を求めるなら物足りなく感じるでしょう。

また、「はんぷくするもの」は間違いなく震災後文学に位置づけられますし、本の裏面にも、なにもかも津波に流されてしまった毅と、なにも流されなかった古木の描写が抜粋されていますが、震災による苦悩やドラマを期待してしまうと肩透かしをくらうかもしれません。あくまで「はんぷくするもの」は津波で家が流されてしまった人の数年後の日常、あるいは小さく切り取った世界を描いた物語です。

やるせない、という表現がぴったりのテーマを含んだ作品なので、好き嫌いは分かれそうだなと感じます。好きか嫌いかというより、惹かれるか退屈かで感想が二分化されるような印象を受けます。

個人的には中盤までは退屈でしたが、中盤以降は毅の心情など、まさに「やるせない」人生に共感をして、考えさせらざるを得ないといった具合で一気に読み進めてしまいました。

主人公の毅と同年代以上の方には、突き刺さるものがあるのではないかなと思います。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA